【哲学史 その10】哲学と科学が分かれる!祖国と文化の崩壊

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前回:ヘレニズム文化 文化の融合

それまで、独自の文化、独自の宗教を、先祖代々守りながらまじめに生きてきたその時代の人々にとって、そんなゆがんだ文化の中で生きていくのはとても苦痛でした。
現代であれば、テレビや新聞、インターネットなどの情報網が発達しているため私たちは異文化についてある程度知っているしその文化に慣れています。
なので、もしいきなり異文化に触れたとしてもそんなに抵抗はないはずです。

異文化の浸食

そのような情報網が全くない時代に自分が異文化について何の知識もなければどうでしょう?
そしていきなり目の前にブラジルのサンバの一団がきたら

「え!?なにこれ!?

なんなのあの裸みたいな恰好!

それにあの腰の動きも意味不明!」

と思うでしょう。

もし、あなたが戦前の日本のような日本独自の文化を尊び、慎みを美徳とする厳格な日本人だとしたらサンバの一団を見て
「破廉恥で恥知らずの頭のおかしな狂った集団」
にしか見えないでしょう。

しかし、子供たちは好奇心旺盛です。自国の文化にも、それほど執着していません。そのため、すぐに異文化になじんで吸収し溶け込んでいきます。
自分の息子や娘たちがその、「破廉恥で恥知らずの頭のおかしな狂った集団」に混ざって同じように踊り始めたらどう思いますか?

「この世はどうなってしまったんだ!こんなの狂ってる!
とうとうい日本の文化はどこへいったんだ!日本が壊れてしまう!
先祖代々、受け継いできた僕たちの文化が壊れていく!」

きっとこのように感じることでしょう。

不安定な世界

このようにアレキサンダー大王により世界は突然統一されてしまったのです。
それによって人類が体験したのは「祖国の崩壊」「文化の崩壊」でした。

そんな世界で商機を保って生きていくことが、どれだけ大変なことだったでしょうか?
当時の人々は紀元前という、遥か古代の人間なのに世界のことをこのように評しました。

「世界は老いた…」

要するに「世界オワタ\(^o^)/」的な言葉を残しているのです。

科学と哲学

今の時代のように、自分の国にそれほど愛着もなく、すでに壊れてしまった文化の中で生きている私たちには想像もつかないことかもしれませんが、昔の人たちの感覚からすれば「祖国が崩壊し、独自の文化が崩壊する」というのは、アイデンティティの崩壊であり、自我の崩壊であり、当時の人々はいつ発狂してもおかしくないほど不安定な精神状態に追い込まれていました。

そんな混沌とした時代だったので人類は「科学知識」よりも「カウンセラー」を欲したのでした。
そんな時代の背景を受けて哲学者たちは考え始めるのでした。

「幸せとは何か」
「この不安定な世界の中で生きていくためにはどうすればいいのか」

こうして「科学」「哲学」は明確に分かれるようになったのです。