【哲学史 その9】ヘレニズム文化 文化の融合

NO IMAGE

前回:【哲学史 その8】アリストテレス イデア論に異議!学問の基礎作り

ヘレニズム文化

この世界は、いったいなんなのだろう?

どうやって自然は成り立っているのだろう?

この世界に、絶対的な価値観はあるのだろうか?

最初の哲学者と言われるタレス以降、人類は、ずっと答えを探し続けてきた。

あれから300年……。

ソクラテス⇒プラトン⇒アリストテレス

といった偉大な三大哲学者を経て、やっと人類は、「物事を観察し、得られた知識を整理して体系化する」という現代科学に通じる基礎を築くところまでたどり着きました。

人類の探求は、その後、どうなっていったのだろう?

人類の探究のその後

本来ならば、アリストテレスの仕事に触発された後世の知識人たちが、もっとより多くの知識を集めて、どんどん学問の世界を発展させていく、という展開が理想的なんですが……、

実際には、そうはなりませんでした。

なんと人類は、突然、急激に知識欲が冷めてしまい、「科学的な知識」とか、「本当の善」とかそういうものにあまり関心を示さないようになってしまったのです!

では、その時代の人々は、何に関心があったのだろうか?それは、「幸せ」です。

「ああ、幸せになりたい!幸せになるにはどうすればいいの!?」

その時代の人々は、「知識」よりも何よりも、とにかく「幸せ」を求めました。

「幸せになりたい!幸せになりたい!幸せになりたい!心の平安が欲しい。精神的な安定が欲しい。もういやだ、こんな世界、うああああああああああああああ!!」

つまり、逆に言えば……、人類は、それほど、不安定で胸苦しい、混迷の時代を迎えたのです。その時代の名は、「ヘレニズム」と呼ばれました。

国境なき時代 – ヘレニズム文化

その時代に、いったい何が起きたというのでしょう?

簡単に言うと、アリストテレスの教え子のアレキサンダー大王という20歳の若造が、「世界征服は男のロマンだ、いやっほおぉっ!」と何にも考えず、ただとにかく東に向かって、延々と世界を征服し続けたのです。

その結果、ギリシアから、エジプト、インドまでというとてつもなく広大な土地が、10年足らずで、いきなりひとつの巨大国家となってしまいました。

すると、何が起こったのでしょうか?

文化の融合

ちょっと、こんな世界地図を想像してみて下さい。

地図1

それぞれの国は、国境線できちんと仕切られており、綺麗に色分けされている、そんな地図。ここで、色の違いは、文化の違いと思ってください。

地図には、赤色の国もあれば、青色の国もあれば、黄色の国もあります。

それらの国々は、みなそれぞれ、独自の色(文化、宗教)を持っていて、そこに住む人々は、何千年もの間、自分の色(文化、宗教)を先祖代々、受け継いで幸せに暮らしてきました。

そこへ、いきなりアレキサンダー大王の軍団がやってきたのです!

そして、有無を言わさず、国々を征服しまくり、いきなり、すべての国境線を取り払ってしまったのです。普通ならば、少しずつ領土を拡大して、占領国を、じょじょに自分の国として取り込んでいくものです。

しかし、アレキサンダー大王の場合は、矢の雨の中を歩いても、矢が当たらないほど、ノリに乗っていたものだから、とにかくもう、ありえないほどのスピードで、次から次へと国を攻め落とし、あっという間に巨大な大帝国を築いたのです。

その結果、それまでの国の国境線(仕切り)が、何の準備もなく、とつぜん取り払われることになりました。

地図2

それぞれの国で独自だった文化(色)は、流れ出し、混ざり合い、溶け合いそして……、

地図3

こんな感じに、ドロドロと、あらゆる国の文化が「ごちゃまぜのごった煮」になったような、なんだかもう、わけのわからない文化ができてしまいました。

「仏像なんだけど、なぜか、顔だけはギリシャ人みたいな」

そんなよくわからない、古代の西洋と東洋が融合したヘンテコな文化。これをヘレニズム文化という。

次回:【哲学史 その10】哲学と科学が分かれる!祖国と文化の崩壊